で説明したように、私が汚いと思っているリモコンに、
日常的に触れ続けている家族が、
1年後も健康であることを見た私は、
リモコンが汚いという考えが、真実ではなく、
ただの思いこみであり、実際には綺麗であるということが、
真実であるという結論に至りました。
そして、このリモコンは実際には綺麗なのだから、
触っても大丈夫なのだと言い聞かせて、
リモコンに触ってみたのです。
すると、自分の手が汚れたという激しい嫌悪感に襲われ、
即座に手を洗い続けることになりました。
その後も何度もリモコンは綺麗なのだと言い聞かせて、
触ってみるのですが、やはり毎回、
同じように手を洗い続けることになったのです。
リモコンが綺麗だということが真実だということ、
正しいことだということが頭では分かっていても、
それでもなぜか、触ると自分が汚れたと感じてしまうのです。
リモコンが汚いというのは、ただの思い込みであって、
それが思い込みであり、真実は綺麗な物なのだと証明し、
信じることが出来れば、触れるようになると推測していたのですが、
リモコンが綺麗だと分かってからも、
やはり触った後には汚れたと感じてしまいます。
これは単純に考え方を変えただけでは駄目だと気付き、
別の方法を考えることにしました。
それまではリモコンが汚いという、
頭に思い浮かぶ強迫観念のみについて考えていたのですが、
それだけでは無理だと感じたので、
汚いと思う物を触った後の、綺麗にしたくなる気持ちそのものについて、
考えることにしたのです。
・不潔恐怖と洗浄強迫(強迫性障害)1-治療編
・不潔恐怖と洗浄強迫(強迫性障害)2-治療編
・不潔恐怖と洗浄強迫(強迫性障害)4-治療編
・不潔恐怖と洗浄強迫(強迫性障害)5-治療編
・不潔恐怖と洗浄強迫(強迫性障害)6-治療編
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